大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

千葉地方裁判所 平成6年(ワ)1104号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一億〇三四七万六八九二円及びこれに対する平成四年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金一億一一五一万四八〇九円及びこれに対する平成四年九月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、最大積載量を超過する山砂を運搬していた大型貨物自動車が、原告所有の踏切前で停止していた普通乗用自動車を認め、衝突を回避するためブレーキを踏んだが間に合わず、右踏切内に進入して通過中の列車と衝突した事故について、原告が、右事故は大型貨物自動車の運転手の運転操作を誤った過失と過積載が原因であるとして、運転手及びその使用者並びに大型貨物自動車に過積載をした山砂販売会社及びその従業員に対して損害賠償を請求した事案である。

一  前提となる事実

1 当事者(いずれも争いがない。)

(一) 原告は、東北及び関東地区における旅客の輸送業務を主たる目的とする株式会社である。

(二) 被告有限会社紫峰産業(以下「被告紫峰」という。) は、山砂の採取及び販売を主たる目的とする有限会社である。

(三) 被告向中野昭一(以下「被告向中野」という。)は、自己所有の大型貨物自動車を持込みで被告紫峰において、山砂の運搬業務に従事していたものである。

(四) 被告株式会社相模(以下「被告相模」という。)は、建設機械及び自動車の修理販売、山砕石生産及び残土類の販売を主たる目的とする株式会社であり、被告紫峰に対して継続的に山砂を販売していたものである。

(五) 被告本多安男(以下「被告本多」という。)及び同大貫敏一(以下「被告大貫」という。)は、被告相模の従業員であり、被告相模千葉工場(千葉県香取郡《番地略》)において、山砂等の販売及び出荷積込作業に従事し、本件事故当日、被告向中野運転の大型貨物自動車に山砂を積み込んだものである。

2 本件事故の発生(被告紫峰との関係では、《証拠略》。その余の被告との関係では争いがない)。

(一) 日時 平成四年九月一四日午後四時六分ころ

(二) 場所 千葉県香取郡下総町滑川字内沼一四六二番地一先の警報機の設置された踏切(以下「本件踏切」という。)

(三) 加害車両 大型貨物自動車(最大積載量八七五〇キログラム、車両番号八戸一一や二〇九九、運転者兼保有者被告向中野、以下「加害車両」という。)

(四) 被害列車 四両編成電車(千葉駅発佐原駅行普通電車第一四五七M、所有者原告、以下「本件列車」という。)

3 事故態様

被告向中野は、被告紫峰が被告相模から買い受けた山砂を被告相模の千葉工場において加害車両に積載し、東京都北区浮間四丁目二四番二五号訴外三立建設株式会社浮間建材センター(以下「三立建設」という。)へ運搬するため、加害車両を運転して本件踏切を千葉県香取郡下総町名古屋方面から国道三五六号線方面に向かって通過しようとして本件踏切内に進入し、折から進行してきた本件列車先頭車両前部に加害車両左荷台側面部を衝突させ、これにより、本件列車の運転士(鶴岡三男)が胸腹部打撲、圧迫等の傷害により死亡し、乗客六七名が傷害を負ったほか、原告所有の本件列車の一両目車両が大破し、二両目から四両目車両及び線路施設等が損壊した(以下「本件事故」という。)。

二  原告の主張する被告らの責任原因

1 被告向中野の責任

被告向中野は、本件事故当時、業務として加害車両を運転していたものであるが、本件踏切手前が右方へ湾曲する下り坂で前方の見通しが困難であり、かつ加害車両は最大積載量の四倍を超える約三万七〇〇〇キログラムの山砂を積載していたため制動効果が低下していたものであるから、あらかじめ減速して速度を調節し、制動装置を的確に操作し、本件踏切を通過する列車との衝突事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、漫然時速約四〇キロメートルで進行した上、本件踏切手前で警報機の警報に従い通過列車待ちのため停車していた普通乗用自動車を前方約七四・八メートルの地点に認めたのに、同車の後方に停止できるものと軽信し、直ちに急制動の措置を講じなかった過失により、同車の後方約四六・五メートルに至って初めて制動措置を講じたが、速度が減少しなかったため、同車と衝突する危険を感じ右にハンドルを切ってその右側方に進出し、同車との衝突は回避し得たものの、本件踏切手前で停止できず、時速約二〇キロメートルで本件踏切内に進入し、本件事故を起こしたものである。したがって、被告向中野は、民法七〇九条により不法行為責任を負う。

2 被告紫峰の責任

被告紫峰は、本件事故当時、被告向中野を雇用し、ないしは実質的な使用人として加害車両による運搬業務に従事させており、本件事故は右事業の執行中に発生したものである。したがって、被告紫峰は、民法七一五条一項の使用者責任を負う。

3 被告本多、同大貫の責任

そもそも過積載は、車両のハンドル操作を困難にし、制動効果を低下させるなど交通上極めて危険な結果をもたらすものであり、しばしば事故の発生につながるおそれがあるため、道路交通法は過積載の車両を運転することはもとより、過積載そのものを禁止している(五七条、五八条、一一八条、一一九条)のであるから、被告本多及び同大貫は、山砂を販売する被告相模の従業員として、販売する山砂を車両に積載する際には、法定の制限積載量を遵守する義務があるのに、これを怠り、平成四年九月一四日、被告相模千葉工場において、積載後被告向中野が加害車両を運転することを知りながら、加害車両に最大積載量の四倍を超える約三万七〇〇〇キログラムの山砂を積み込んだものである。そして、本件事故は、右両名の過積載行為により加害車両の制動効果が低下したことと、被告向中野が過積載のため加害車両の運転操作を誤った結果惹起されたものであるから、加害車両に山砂を過積載した被告本多及び同大貫は、直接運転行為に関与していなくても、被告向中野の過積載車両運転による本件事故に対し、客観的に共同して原因を与えたことになる。したがって、被告本多及び同大貫は、民法七一九条一項の共同不法行為責任を負う。

4 被告相模の責任

被告相模は、本件事故当時、被告本多及び大貫を雇用し、山砂の販売、積込作業に従事させており、本件事故は右事業の執行の結果発生したものである。したがって、被告相模は、民法七一五条一項の使用者責任を負う。

三  争点

1 過積載と本件事故との因果関係(被告相模、同本多、同大貫の責任の有無)

(一) 被告相模、同本多、同大貫

本件事故は、専ら被告向中野が制動装置を的確に操作し、速度を本件踏切に至る下り坂の頂上付近で時速三〇キロメートル以下に落とし、かつ本件踏切手前で一時停止すべきであったのにこれを怠った結果発生したものであり、過積載との間には因果関係はない。

本件事故当時施行されていた道路交通法では過積載車両の運転のみが禁止されており、知情売渡しは禁止の対象とはされていなかった。また、被告本多及び同大貫が被告向中野の車両に積み込む山砂の量については、計量がなく、被告紫峰の積込依頼書にも一台分とあるだけであったため、専ら被告向中野の指示に従って積み込んだもので、具体的な積載量についての認識はなかった。

また、本件事故当時、千葉県、茨城県の建設業界では、被告向中野のような大型貨物自動車運転者は、ほとんど全員が最大積載量の三・五倍から四倍の三万五〇〇〇キログラムないし四万キログラムの積載量を運搬しないと経営の採算がとれない社会情勢で、行政上も何ら対策措置が取られることなく放置されていたのであるから、被告本多、同大貫が過積載について責任を負わなければならない理由はなく、被告相模も同様に責任を負う理由はない。

(二) 被告向中野

加害車両は、本件事故当時約三万七〇〇〇キログラムの山砂を積載していたが、運転操作に影響を与える程の積荷ではなかった。本件事故は、過積載ではなく、速度超過が原因である。

被告向中野と同じ千葉県、茨城県の同業者は、法定積載量を超過した三万五〇〇〇キログラムないし四万キログラムの過積載を前提とした発注単価で仕事をしないことには生活ができず、これに対して行政上の措置は何らとられることなく放置されていた。

(三) 原告

過積載の場合、車両の重心が高くなって車両自体の安定性が悪くなり、積載荷重が前軸に加わるとハンドルが重くなり、積載荷重が後軸に加わるとハンドルが浮き、いずれの場合も安定性を欠き運転しにくく危険である。

自動車の総重量(車両重量、積載量、乗員の体重を加算した重量)が停止距離の比例要素の一つであることは顕著な事実である。

本件事故は、被告向中野が時速約四〇キロメートルで走行中、本件踏切手前で通過列車待ちのため停止していた車両の後方約四六・五メートルの地点でブレーキを踏んだが、過積載でなければ本件踏切の手前で停止できたのに、過積載のためブレーキがきかず(過積載でない場合に比べ停止距離が延び)、本件踏切手前で停止することができなかったことから起こったものである。

2 被告向中野は被告紫峰の被用者といえるか(被告紫峰の責任の有無)

(一) 被告紫峰

被告紫峰が被告向中野に対して使用者の地位にあるかどうかは、勤務時間の拘束性、勤務場所の指定、業務遂行過程での指揮命令、専属関係、第三者による業務代行性、業務に対する諾否の自由、業務用具の所有関係、報酬の労務対価性の有無や程度を総合的に考慮して判断されるべきである。

ところで、被告向中野の業務内容は以下のとおりである。

(1) 三立建設への土砂納入を取り扱っている有限会社鈴保建材(以下「鈴保健材」という。)から被告紫峰に、土砂種別、数量(台数で指示)、納入場所、納入日時を指示して注文が入る。

(2) 被告紫峰は、右注文を実行するのに適切な建材業者(被告向中野もそのひとり)に対し、右注文の履行の可否を照会する。

(3) 建材業者は、右注文どおりに履行可能ならば、その注文を承諾する。不可能な場合には被告紫峰は他者へ照会する。

(4) 建材業者は注文に従い、土砂販売会社の土砂置場に赴き、被告紫峰の注文伝票を交付して土砂を受領し、三立建設の工事現場に搬入し、鈴保建材からの物品受領証の交付を受ける。

(5) 納入月の翌月初めに建材業者から被告紫峰に土砂代金の請求書が提出される。

(6) 同じころ、土砂販売会社からは被告紫峰に対し、土砂代金の請求書が提出される。

(7) 一方、鈴保建材からは被告紫峰に土砂代金が振り込まれる。

(8) 被告紫峰は、建材業者からの請求金額のうち、土砂代金部分は土砂販売会社に直接支払い、残額を建材業者に支払う。

以上のとおり、被告紫峰と被告向中野ら建材業者との間には、指揮監督関係、車両運行支配等の関係は存在せず、また、被告紫峰の作業量は被告向中野の総業務量の二分の一程度であることから、専属関係も認められない。さらに、被告紫峰は被告向中野を従業員として取り扱っておらず、被告向中野には被告紫峰の就業規則や賃金に関する規定は適用されず、被告向中野は自己所有の大型貨物自動車を使用し、ガソリン代、保険料もすべて被告向中野が負担している。

したがって、被告向中野は独立した事業者であって被告紫峰の従業員ではなく、被告紫峰と被告向中野の関係は運送業務の請負契約である。

(二) 原告

被告紫峰の主張する被告向中野の業務内容から被告紫峰と被告向中野の関係が運送請負契約であるということはできない。仮に、被告紫峰と被告向中野の間に明示の雇用契約が締結されていなかったとしても、次のとおり被告向中野は被告紫峰の実質的な使用人であったと解すべきであるから、被告紫峰は民法七一五条一項の使用者責任を負う。

(1) 被告向中野は本件事故前の一年間のうち二三八日間被告紫峰の業務に従事しており、専属的に被告紫峰の土砂運送業務に従事していた。

(2) 被告向中野が搬入した土砂の搬入先、搬入量、搬入日は、いずれの被告紫峰の指示に従っていた。

(3) 被告向中野所有の加害車両の車体には「紫峰」の文字が表示されていた。

(4) 被告向中野所有の加害車両の走行に要するガソリン代の半額を被告紫峰が負担していた。

(5) 被告向中野は、被告紫峰の社員として資本金五〇〇万円のうち一〇〇万円を出資している。

3 原告の本件踏切の設置管理の瑕疵の有無

(一) 被告相模、同本多、同大貫、同紫峰

本件踏切は、その手前道路を下総町名古屋方面から下ってくると急な下り坂である上に、道路は本件踏切の手前まで約八四メートルの地点で右に急に湾曲し、かつ右手前に雑木が生い茂り、見通しが極めて不良である。また、本件事故当時、右下り坂の途中に本件踏切の存在を示す表示は、歩道の外側に汽車の絵を描いた踏切標識が唯一あっただけで、その他の踏切を示すものは何もなかった。右標識も道路が右へ湾曲する直前にあったため、急な下り坂と道路の急な湾曲を考慮すると本件踏切に近すぎ、折からの夕方の逆光により走行車両からは見落としてしまう危険があるとともに、本件踏切に近すぎて停車できない危険があった。また、右道路には制限速度の規制もなく、三〇キロメートル規制は本件事故後になされたものである。このような地形及び状況に鑑みれば、原告又は道路管理者は、事故防止のため、踏切注意の看板をよりはっきり表示するなどして自動車運転者の注意を喚起し、下り道路の途中に路面凹凸部分を作ってスピードの危険を予知させ、通過門を設置し、あるいは立体交差にする等の保安施設を設置すべきであるのにこれを怠り、漫然と放置したため、本件事故が起こったのである。したがって、本件事故は、原告の本件踏切及び電車軌道の設置又は保存に瑕疵があったこと、及び、道路管理者の本件踏切を通過する道路の設置又は保存に瑕疵があったことが原因であるから、被告らには責任がない。

(二) 被告向中野

本件事故当時、踏切注意の看板は、生い茂った雑木によって隠され、進行方向右側にしかなかったため、対向車によってもその看板は視界を遮断され、加えて夕方の逆光もあって走行車両からは大変見難い状態であった。また、本件事故当時は夏草が生い茂り、前方の鉄道の線路を隠していて、走行車両からは、前方に線路があることに気づきにくい状態で、かつ本件踏切手前で道路が右に湾曲し、道路沿いの樹木が覆い被さって視界をさえぎり、本件踏切直前一〇〇メートル以内に近づかないと本件踏切の存在に気づかない状況であった。仮に原告が、本件踏切の一〇〇メートル以上手前に踏切注意の看板を設置するとか、警報器を下り坂の上方からでも見えるように、本件踏切の一〇メートル位左に設置してさえいれば、本件事故の発生を防止することはできたのであり、原告はこれを怠って、放置していたのである。したがって、本件事故は、原告の本件踏切の設置又は保存管理に瑕疵があったことが原因である。

(三) 原告

本件事故における被告向中野の過失は前記のとおりであり、被告向中野は、本件踏切はもとよりその手前で停止していた普通乗用自動車を認めながら適切なブレーキ操作をしなかった点に過失があったのであって、見通しが悪くて本件踏切を認識できなかったとか、適切なブレーキ操作をしたが急勾配で停止できなかったという事案ではない。

四  原告の主張する損害

原告の主張する損害は次のとおりである。

1 廃車一両に伴う損害 三四〇八万五九八〇円

2 修繕費

(一) 車両 (三両) 三七七〇万三七九一円

(二) 通信 六二九万一五三二円

(三) 線路 一〇八二万三二四〇円

3 人件費

(一) 超勤 一五〇五万一三〇〇円

(二) 夜勤 一〇八万五三五五円

(三) 旅費 三〇万二三一〇円

(四) 特別手当 一四万二二〇〇円

4 代行輸送費

(一) 成田観光自動車株式会社 九〇万一二五〇円

(二) 千葉交通株式会社 一二五万五四五〇円

(三) JRバス関東株式会社 五八万六三三〇円

5 払戻、キャンセル料

(一) 乗車券(一八四枚) 一四万三八〇〇円

(二) 特急券(八五枚) 八万三〇七〇円

(三) サービスフォーラム会議キャンセル料 一七一万六九八九円

6 支社管内諸経費

(一) 宿泊代 一一万二五〇〇円

(二) 事故現場写真(フィルム代等) 五四八一円

(三) タクシー代、バス代 八五万八四三〇円

(四) ガソリン代 四三三八円

(五) 有料道路代金 四万六七五〇円

(六) 食事代(弁当) 一五三万〇八八〇円

(七) 見舞金 四一万五〇〇〇円

(八) 見舞品 三四万〇七〇五円

(九) 医療器具 二万四一六四円

(一〇) 雑費 一九万一〇五九円

7 亡鶴岡三郎に対する葬儀費用等

(一) 葬儀費用 三七三万三六〇六円

(二) 特別見舞金 三〇〇万円

(三) お布施、戒名料 四七万一〇〇〇円

(四) 特別葬祭料 五〇万円

(五) 弔辞書代 四万九四四〇円

(六) 生花代等 五万八八五九円

8 損害額合計 一億二一五一万四八〇九円

9 なお、原告は、平成七年一一月一五日、被告向中野が契約していた訴外富士火災海上保険株式会社から、対物損害保険金として一〇〇〇万円の支払を受けたので、これを右損害から控除すると、残額は一億一一五一万四八〇九円となる。

第三  争点等に対する当裁判所の判断

一  争点1について

1 本件事故の原因

(一) 先ず、本件事故原因及び被告向中野の過失について検討するに、《証拠略》によれば、本件事故現場となった踏切(本件踏切)は、千葉県香取郡下総町名古屋方面から国道三五六号線方面に向かう町道と東日本旅客鉄道株式会社成田線とが交差する場所に位置しており、本件踏切から下総町名古屋方面へ向かう道路は、本件踏切から約三〇メートルがほぼ平垣な直線であり、その先は左カーブの上り坂(下総町名古屋方面から見ると右カーブの下り坂)で、更にその先は一五〇メートル以上続いて頂上に至るほぼ直線の上り坂(下総町名古屋方面から見ると直線の下り坂、その勾配は約八パーセント)であること、下総町名古屋方面から本件踏切に至る道路の右側は雑木が茂っており、また、前記のとおり、本件踏切の手前で道路が右に湾曲していることから、下総町名古屋方面から本件踏切に向けて進行する車両からは、前方右側の見通しが悪いこと、被告向中野は、本件事故当日、午後四時六分ころ、被告紫峰の指示で千葉県香取郡栗源町にある被告相模千葉工場で積み込んだ山砂を東京都北区浮間にある三立建設に搬送すべく、加害車両を運転して下総町名古屋方面から国道三五六号線方向に向かって本件踏切に至る道路を進行していたこと、被告向中野は、本件踏切を本件事故以前九か月の間に七、八回通行したことがあること、本件事故当時、加害車両には、法定の最大積載量八七五〇キログラムの四倍を超える約三万七〇〇〇キログラムの山砂が積載されていたこと、被告向中野は、本件踏切に至る下り坂を時速約四〇キロメートルで進行していたが、前方約七四・八メートルの地点に警報機の警報に従い通過列車待ちのため停止している普通乗用自動車の後部(その位置は本件踏切手前の停止線まで約一〇・五メートルの地点)を認めたため、制動措置を講じたが、急制動をかけるまではしなかったこと、その後も強めの制動措置を講じたものの、過積載のため十分に減速せず、普通乗用自動車との衝突の危険を感じたため、右乗用車の手前約四六・五メートルの地点で衝突を回避すべく右側車線に出たこと、右地点での加害車両の速度はまだ時速約三〇キロメートルもあり、本件踏切の手前で停止することはできないと判断した被告向中野は、折から進行してきた本件列車より先に踏切を通過しようとして、本件踏切に進入したが、間に合わずに本件列車先頭車両前部に加害車両左荷台側面部を衝突させ、本件事故を生ぜしめたこと、加害車両が本件踏切に進入した際の速度は時速約二〇キロメートルであったことがそれぞれ認められる。

(二) そして、甲三号証によれば、加害車両とほぼ同じ重量の山砂を積載した大型貨物自動車を、時速約四〇キロメートルの速度で本件道路を走行させて、本件踏切の前で停止している普通乗用自動車から約七四・八メートル手前の地点から、最短距離で停止するように制動措置を講じた三回の実験では、いずれも六五・九メートル、六二・二メートル、四二メートルと普通乗用自動車の手前で十分に停止することができたことが認められるのであって、これに一般に自動車の制動距離は車両の重量に比例して長くなることをも考慮すれば、被告向中野が、本件踏切に至る道路の状況及び加害車両が過積載をしていたこと等に鑑み、本件道路を進行するに際して予め減速するとともに、少なくとも前方に普通乗用自動車を認めた時点で急制動の措置を講じていれば、加害車両は普通乗用自動車との衝突のおそれもなく、十分に本件踏切手前で停止し得たものと認められる。

(三) 右に認定した事実からすれば、被告向中野には、本件踏切に至る下り坂の道路を、法定の最大積載量の四倍を超える約三万七〇〇〇キログラムの山砂を積載した加害車両を運転して通行するにあたって、あらかじめ減速して速度を調節するとともに、制動装置を的確に操作して本件事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意を怠った過失が認められる。

2 過積載と本件事故との因果関係及び被告相模、同本多、同大貫の責任

(一) 右認定のとおり、本件事故は、被告向中野が、予め減速して速度を調節するとともに、制動装置を的確に操作して進行すべき業務上の注意義務を怠った過失によって生じたものであり、被告向中野が前方に停止中の普通乗用自動車の後部を認めた時点で急制動の措置を講じていれば、本件事故は回避し得たといえるところ、前掲の各証拠によれば、被告向中野が急制動の措置を講じなかったのは、過積載していたことから、急制動措置をとったのでは加害車両が横転する危険があると考えたためであり、また被告向中野のとった制動措置が効果なく、結局本件踏切に進入した時点でも時速約二〇キロメートルにしか速度が落ちなかったのも、過積載による結果であると認められるのであって、過積載と本件事故との間には因果関係が認められるというべきである。過積載自体は本件事故とは無関係であるとする被告向中野本人の供述は、前掲の各証拠に照らして採用し得ない。

(二) 被告相模、同本多、同大貫(以下「被告相模ら」という。)は、被告向中野の指示に従って加害車両に山砂を積み込んだのであり、その積載量も一台分とあるだけで具体的な量は認識していなかったと主張するが、《証拠略》によれば、被告向中野が、被告相模千葉工場で山砂を積み込む際は、本件事故時と同程度の過積載であったこと、被告本多、同大貫が、具体的な積載量を認識していなかったとしても、その業務内容からして、自分たちが加害車両に積み込んだ山砂が法定の最大積載量をはるかに超える重量であり、このように最大積載量をはるかに超える山砂を積載した加害車両を被告向中野が運転していくことは十分に認識していたことが認められるのであって、かかる過積載車両の運行が道路交通上危険なものであることも当然認識していたものと考えられ、本件事故の原因が前記認定のとおりであることからすれば、被告向中野の指示があったとしても、被告本多、同大貫が、加害車両にその法定最大積載量の四倍を超える重量の山砂を積み込んだことと本件事故との間には相当因果関係があり、被告本多、同大貫は、民法七一九条による共同不法行為責任を負うものというべきであり、その使用者である被告相模も同法七一五条一項による使用者責任を負うと解される。

この点、被告相模ら及び被告向中野は、被告向中野のような大型貨物自動車運転者は、ほとんど全員が最大積載量の三・五倍から四倍の三万五〇〇〇キログラムないし四万キログラムの積載量を運搬しており、また運搬しないと経営の採算がとれない状態で、行政上も何ら対策が取られることなく放置されていたのであるから過積載については責任がない旨主張するが、右事情は、右に認定した被告相模ら及び被告向中野の責任に何ら影響を及ぼすものではない。むしろ、過積載をした大型貨物自動車による交通事故の増加が憂慮される中、関係各方面で過積載車両の取締強化や過積載をなくすための種々の対策の必要性が唱えられていた状況に鑑みれば、過積載をやむを得ないものとして正当化することは到底許されないというべきである。

二  争点2について

1 被告向中野の業務の内容

《証拠略》により認められる被告向中野の業務内容は以下のとおりである。

(一) 被告向中野は、自己所有の大型貨物自動車を使用して土砂等を運搬する業務に従事しているが、郷里の青森県での仕事を除けば、その業務の殆どを被告紫峰からの運搬依頼を受けて行っており、土砂販売業者から被告紫峰に注文が入ると、被告紫峰は、被告向中野に土砂運搬の依頼をし、被告向中野は、その所有する大型貨物自動車で被告紫峰が指示する土砂積込現場へ向かい、土砂等を積み込んで被告紫峰の指示する搬送場所に運搬する。その際、被告向中野は、予め被告紫峰から渡されている積込依頼書に積込年月日、品名、数量、被告向中野の車両番号及び氏名を記入して積込み先の業者に提出するとともに、右積込依頼書の控えと積込み先業者発行の被告紫峰宛納品書、土砂販売業者発行の搬送先業者宛納品書の控えを、五日毎にとりまとめて被告紫峰に提出する。こうして被告紫峰は積載量一台当たりの単価で積込み先業者から土砂を購入し、土砂販売業者には一トン当たりの単価を定めて土砂等を販売するのであるが、被告紫峰と被告向中野との間では一か月単位で決済がされており、被告向中野から被告紫峰に一か月分の請求書が提出され、被告紫峰は、右一トン当たりの単価で計算した販売代金から積込み先業者に払う購入代金及び諸経費を差し引いた金額を、毎月被告向中野に支払う。

(二) 本件事故当日、被告向中野は、千葉県香取郡栗源町にある被告相模千葉工場の山砂積出現場から三立建設に山砂を運搬する業務に従事していたが、その業務の流れは、右に述べたとおりであり、鈴保建材から被告紫峰に三立建設に山砂を搬送する注文が入り、被告紫峰は、被告向中野に被告相模千葉工場から三立建設までの山砂の運搬の依頼をし、被告向中野は自己所有の大型貨物自動車で被告相模千葉工場に向かい、同所において予め被告紫峰が発行している積込依頼書に積込み年月日、品名、数量、被告向中野の車両番号及び氏名を記載して被告相模の従業員に渡し、被告相模発行の納品書を受け取り、搬送先である三立建設においては、鈴保建材発行の三立建設宛の納品書の控えに、納入した土砂等の計量結果を記載してもらって、これを受け取り、これらの書類を被告紫峰に提出するというものであった。

2 被告向中野と被告紫峰との関係

《証拠略》によれば、被告向中野が土砂運搬業務に使用していた大型貨物自動車は被告向中野が所有するものであるが、その車体には「紫峰」の文字が表示されていたこと、右車両を被告向中野は被告紫峰の会社近隣に置いていて、乗用車で被告紫峰に出勤した後、被告紫峰の指示を受けて、同所から被告紫峰と取引のある土砂積込み現場に赴いていたこと、被告向中野は、被告紫峰の社員でもあり、資本金五〇〇万円のうち一〇〇万円を出資していること、被告向中野の収入は月八〇万円ないし一二〇万円であったこと、被告向中野は国民健康保険に加入しており、被告紫峰は所得税の源泉徴収を行っておらず、被告向中野自ら所得税の確定申告を行っていたことがそれぞれ認められる。

3 以上1、2で認定した事実をもとに、被告紫峰が被告向中野の使用者と認められるか否かについて検討すると、前記のとおり、被告向中野が運搬業務に使用する大型貨物自動車は被告向中野が所有するものであり、勤務時間の拘束も被告紫峰の他の従業員に比して緩やかであって、報酬も一台当たりの単価により計算され、その額も月額八〇万円ないし一二〇万円と高額で、他の従業員と異なり健康保険の加入対象者でなく、自ら所得税の確定申告を行っているものの、他方、被告向中野は、その業務の殆どを、被告紫峰の指示する土砂積込現場に行ってその指示する場所へ土砂を運搬する業務に従事しており、稼働日数等の義務はなかったものの、その業務の内容や土砂等の積込み先業者との関係等から、被告向中野は事実上被告紫峰の業務に従事するほかなく、実際にも被告向中野が被告紫峰からの仕事の依頼を拒否したことは殆どなく、さらに、被告紫峰は代表者の井上功ほか社員三名の小規模会社であるが、被告向中野は被告紫峰に出資してその社員の一人となっていることや、加害車両の前に使用していた大型貨物自動車の購入代金を右井上功から借りていることからして被告紫峰との結びつきが強く、運搬業務に使用していた車両は被告向中野の所有であるにもかかわらず、車体には「紫峰」の文字を表示していたこと、その収入も、月額約二五万円のガソリン代、車両の購入に係る月賦金二八万七〇〇〇円のほか、タイヤ代、車検、保険料等を控除するとそれほど高額とはいえないことなどの事情も存するのであって、以上によれば、被告紫峰と被告向中野の間には雇用関係はないものの、相当高度の指揮監督関係が存在し、被告紫峰は被告向中野の業務を事実上支配しており、また、外形的にも、被告向中野が行う土砂の運搬業務は、被告紫峰の業務として遂行していたものと認めるのが相当である。したがって、被告紫峰は民法七一五条一項にいう「使用者」に該当し、使用者責任を負うものと解される。

三  争点3について

1 前記第三の一1(一)で述べた本件踏切に至る道路の状況に加えて、《証拠略》によれば、本件事故当時、本件踏切には、上部と下部に赤色ランプが点滅する大型警報機、及び線路の両方向に対して遮断機がそれぞれ設置され、踏切を挾んで道路の両側には停止線が引かれていたこと、本件道路には、下総町名古屋方面から本件踏切に向かって前記右カーブが始まる直前付近の左側歩道上に、本件踏切の存在及び注意を促す道路標識が設置されていたことがそれぞれ認められるところ、被告らは、右道路標識の位置が本件踏切に近すぎたうえ、生い茂った雑木に隠れて見えにくかったとし、さらに本件事故後に設けられた時速三〇キロメートルの速度規制の標識や表示、追い越し禁止の標識や表示、その他本件踏切の存在及び注意を促す看板等もなく、このように本件踏切の存在及び注意を促す警告措置が不十分であったことが本件事故の原因であると主張する。

2 しかしながら、本件事故の原因は、前記第三の一で認定したとおりであるうえ、前述した本件事故時と同様の条件での走行実験での結果によれば、右道路標識があり、本件踏切の左端部分を見通すことのできる前記右カーブの始まる付近から適切な制動措置を講じさえすれば、十分に踏切の手前で停止できることが認められるのであるから、本件加害車両のように著しい過積載をしていなければ、なおのこと十分な余裕をもって本件踏切の手前で停止できる道路状況であるということができる。また踏切の存在を示す前記道路標識は、前述のとおり道路の左端にあったもので、当時の本件道路両側の状況からすると、道路右側であればともかく、左側にある標識が生い茂った雑木に隠れて見えなくなるようなことは考えられず、さらに、被告向中野は、本件踏切を本件事故の前約九か月の間に七、八回も通行しており、そのときも本件と同様の過積載をしていて、一度は踏切の手前で停止できなかったこともあって、本件踏切の存在を十分に認識していたばかりでなく、本件踏切の手前で停止するには時速三〇キロメートル以下でないと無理であるとすら考えていたことが認められるのであり、これらの事情からすれば、前記被告らの主張するように本件踏切の存在についての警告措置等が不十分であったものとはいまだ認められず、また少なくともそれが本件事故の原因になっているものということはできないのである。

四  損害について

1 廃車一両に伴う損害 三四〇八万五九八〇円

原因は、本件事故により、本件列車中一両(車号TC一一一-一〇三八)の廃車を余儀なくされ、右車両の解体作業及び産業廃棄物処分等に係る費用として右金額相当の支出をしたことが認められる。

2 修繕費

(一) 車両(三両) 三七七〇万三七九一円

原告は、本件事故により本件列車中三両(車号M一一三-一一七一、M一一二-一一七一、TC一一一-一三五三)の修繕を余儀なくされ、右修繕費用として右金額相当の支出をしたことが認められる。

(二) 通信

本件事故により本件踏切の信号通信装置が毀損したため、原告は、踏切遮断機、踏切制御子外箱及び信号ケーブル等の応急復旧工事を新生電業株式会社に発注するとともに、信号施設関係の本復旧工事を同社に発注し、右各工事費用として右金額相当の支出をしたことが認められる。

(三) 線路 一〇八二万三二四〇円

原告は、本件事故により、線路内障害物の片付け、軌道整備等の応急復旧工事を東鉄工業株式会社に発注するとともに、道床交換、線路側溝修理、連接軌道修繕等の本復旧工事を同社及び日本軌道工業株式会社に発注し、右各工事費用として右金額相当の支出をしたことが認められる。

3 人件費

(一) 超勤 一五〇五万一三〇〇円

(二) 夜勤 一〇八万五三五五円

(三) 旅費 三〇万二三一〇円

(四) 特別手当 一四万二二〇〇円

原告は、本件事故による復旧工事、負傷者救出、病院手配、代行輸送等に従事した原告千葉支社管内の従業員等に右(一)ないし(四)の旅費、各種手当等を支給したことが認められる。

4 代行輸送費

(一) 成田観光自動車株式会社 九〇万一二五〇円

(二) 千葉交通株式会社 一二五万五四五〇円

(三) JRバス関東株式会社 五八万六三三〇円

本件事故により列車の運行が不能となったため、原告は成田観光自動車株式会社、千葉交通株式会社、JRバス関東株式会社に代行輸送、振替輸送を依頼し、その費用として(一)ないし(三)の金額を支出したことが認められる。

5 払戻、キャンセル料

(一) 乗車券(一八四枚) 一四万三八〇〇円

(二) 特急券(八五枚) 八万三〇七〇円

原告は、本件事故により運休した列車の乗車券、特急券の払戻を余儀なくされ、右金額相当の支出をしたことが認められる。

(三) なお、原告は、原告千葉支社が、平成四年九月一六日に幕張国際会議場において開催を予定していた「JR千葉支社サービスフォーラム」が、本件事故により中止を余儀なくされたとして、その会場の約定違約金(キャンセル料)を本件事故による損害と主張するが、本件全証拠によっても本件事故と相当因果関係のある損害と認めるには足りない。

6 支社管内諸経費

(一) 宿泊代 一一万二五〇〇円

本件事故現場視察調査、指揮監督のため原告の管理職員が旅館に宿泊した費用である。

(二) 事故現場写真(フィルム代等) 五四八一円

本件事故現場撮影のためのフィルム及びプリント代である。

(三) タクシー代、バス代 八五万八四三〇円

本件列車の乗客が本件事故現場から帰宅ないし病院へ行くため、又は原告従業員が本件事故現場への往来のため利用したタクシー代、バス代である。

(四) ガソリン代 四三三八円

原告千葉支社管内成田電力区従業員が本件事故現場への往復に使用した自動車のガソリン代である。

(五) 有料道路代金 四万六七五〇円

本件事故現場への往来に通行した高速道路の通行料である。

(六) 食事代(弁当) 一五三万〇八八〇円

本件事故による復旧工事、負傷者見舞等本件事故の事後処理に従事した原告従業員の食事代として右金額相当の支出をしたことが認められる。

(七) 見舞金 四一万五〇〇〇円

(八) 見舞品 三三万二七〇五円

原告は、本件事故に遭遇した本件列車の乗客に対し、見舞金(一人当たり金五〇〇〇円)及び見舞品として右金額相当の支出をしたことが認められる。

(九) 医療器具 二万四一六四円

原告は、本件事故による負傷者三名のために、治療に必要な医療器具を購入し、右金額相当の支出をしたことが認められる。

(一〇) 雑費 一九万一〇五九円

原告は、負傷者に支給した肌着類等の物品購入代として右金額相当の支出をしたことが認められる。

7 亡鶴岡三男の葬儀費用等

原告は、本件事故により死亡した本件列車の運転士亡鶴岡三男の葬儀費用等として各種の支出をしたことが窺えるが、本件事故と相当因果関係があり、被告らに負担を求めることのできる葬儀関係費用は一五〇万円と認めるのが相当である。

8 以上の損害合計は、一億一三四七万六八九二円であるところ、原告は被告向中野が契約していた富士火災海上保険株式会社から対物損害保険金として一〇〇〇万円の支払を受けていることを自認しているのでこれを控除すると、原告は被告らに対し、一億〇三四七万六八九二円の損害賠償請求権を有するものと認められる。

五  結論

よって、原告の本訴各請求は右金額の限度で理由があるが、その余は理由がなく、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行の宣言につき、同法二五九条一項を各適用して、平成一〇年三月二日に終結した口頭弁論に基づき、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西島幸夫 裁判官 岩坪朗彦 裁判官 室橋雅仁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例